化学反応




「ジャズ・コンサートのMCをやってみない?」


そう声をかけられたとき、中村拓未(27歳)は軽い気持ちでOKを出した。

ジャズ・バーなどで行われる、小規模なコンサートのMCだとばかり

思い込んでいたのだ。2005年のことである。


声をかけたのは、中村の母親が通っていた英会話スクールの講師であり、

コンサートの主催者でもある中年女性。過去にニューヨークのジャズ・バーで

ドラマーに一目ぼれし、日米を行き来して猛アプローチをかけて

口説き落としたような、パワフルな女性だ。


中村が声優学校の卒業生であるという経歴を見込んで、声をかけたのだった。

だが、後にジャズ・コンサートの概要を知った中村は驚愕する。

会場はジャズ・バーどころではなく、1800人収容の市民ホール。

ゲストは国内外の大物ジャズ・ミュージシャン達。


コンサートは市を挙げて開催される、大規模なイベントだったのである。

しかも、主催者はイベントプロデュースの経験ゼロのド素人、

おまけに一クセも二クセもある女性だったのだ。



これだけの規模のコンサートを開催するとなると、当然、念入りな打ち合わせの

元に本番を迎える必要があるわけなのだが・・・中村と主催者が約束した

打ち合わせの当日、彼女はなかなか待ち合わせ場所に現れなかった。


待ちかねた中村が電話をすると、信じられない言葉が受話器の向こうから返ってきた。

「ああ、打ち合わせね・・・私、今日は気分が乗らないから、止めにしてくれない?」

空いた口がふさがらない中村は、トボトボと待ち合わせ場所を後にする。

そして結局、再度の打ち合わせが行わることはなく、曲順も進行も段取りも

何もかもが決まっていない状態で当日を迎えるという、逃げ出したくなるような

状況がやってきたのだった。



コンサート当日、会場に到着した中村の耳にまず飛び込んできたのは、

楽屋中に響き渡るゲストミュージシャンのマネージャーの怒声だった。


「出演順がまだ決まってないって、どういうことなの!何、このコンサートは!」


実はこの時点まで、ミュージシャン達の出演順は全く決まっていなかったのだ。

中村は肝を冷やしながら主催者を探したが、どこにも見当たらない。


片栗粉を混ぜたような重い空気の中、ミュージシャン達は戸惑いながら

リハーサルを行い、中村やスタッフ達はすがるような思いで主催者の到着を待った。


主催者がやって来たのは、開場の十分前だった。ルーズなのにも程がある。

中村はすぐさま彼女の元に駆け寄ると、夢中でまくし立てた。


「曲順は?照明は?出るタイミングはどうすればいいんですか?

立ち居地は?マイクは?台本は?」


何せ十分後には、彼は1800人の前に立たなければ行けないのである。

だが主催者はにっこりと微笑んで中村を制すと、優しい口調で言った。

「落ち着いて。最初は誰だって緊張するものよ。リラックスすれば大丈夫よ」

この上ないKYな発言に、中村は言葉を失った。

そしてコンサートは開演時間を迎え、中村は舞台に立った。

1800人の視線が一斉に向けられる。ステージの中央に向かって歩く自分を、

スポットライトが追う。頭の中は真っ白だ。


だが、覚悟を決めるしかなかった。

中村はマイクの前に歩み寄ると、必死に言葉を巡らせながら口を開いた。

「本日はご来場いただきまして、誠にありがとうございます・・・」


「・・・その後、どうしたんですか?」

僕は身を乗り出して続きを促す。場所は新宿の喫茶店である。

表では、急に降り出した雨に、街行く人々が早足で歩道を駆けていた。


「もうねー、すごかったですよ!

中村は当時を思い出すかのように苦笑した。


「うちはそんな団体じゃありません!」


何とか冒頭の挨拶を終えた中村が舞台袖に戻ると、主催者が何者かと

激しく口論をしていた。
耳をそばだてていると、その人物は国会議員の秘書。

国会議員が来場していることを、MCに言わせろと詰め寄っていたのだ。


だが、主催者は激昂し、断固として首を振り続けた。

「私達は崇高な理念の下に活動してるのよ!宣伝行為なんかできません」

「先生がわざわざ来場されているんですよ!市民の皆様方にご挨拶させて

いただくのは当然のことでしょう!」


口論は激しくなる一方で、両者一歩も引かないうちに、再び中村の出番が訪れた。

国会議員の来場を告げるか告げないか、判断は中村にゆだねられることになったのだ。


ステージ中央へ歩む中村の背に、主催者と秘書の射るような視線が突き刺さる。

マイクの前に立った中村は、とっさの機転でこう言った。

「本日は、国会議員の先生がプライベートでご来場されております

先生は、今後の越谷市の地域振興にきっと一役買ってくださるでしょう。

皆様、ご期待くださいね」


議員の個人名は出さず、しかし来場を告げるという手段で危機を乗り切ったのだった。

中村が三度ステージに登場したとき、会場から拍手が起こった。

いい加減腹もくくれてきた中村は、開口一番こう言った。


「盛大な拍手をどうもありがとうございます。けど、オレは

ミュージシャンじゃないんですよ」


その途端、会場に爆笑が巻き起こった。あれ?と思うと同時に、中村の中で

スイッチが入った。
一度空気をつかんでしまえば、後は楽だった。緊張と戸惑いで

全く弾まなかったトークも、自然と軽やかに運ぶことができた。


海外ミュージシャン達も、持ち前の陽気さで観客達をあおり、相乗効果で

会場はどんどん盛り上がってゆく。


そして、大盛況のうちに、コンサートは幕を閉じたのだった。

以上が、中村拓未の初舞台である。

現在、劇団「元氣エンターテインメントシアター」に所属する中村は、

このコンサートの一件以来、舞台に上がる前に一切緊張しなくなったのだという。


1800人以上じゃなければ怖くないです」
と、中村は鼻を鳴らす。


そもそも、中村が声優学校に通い始めたのは、以前実家が経営していた

喫茶店の常連から、声が珍しいから声優になれば?と言われたのが

始まりだったそうだ。


「高校の頃、内申書も書いてもらえなくて、進路も決まってなくて、

たまたま遊ぶメンバーに声優学校に行ってる先輩がいて、

その人の勧めもあって行ったんです。そういった意味では高い志なんか

無かったですね。
当時は真の意味で薄っぺらでした。声優学校の女の子と

会うのが楽しみだったし、同じ稽古場にいたストイックにやってる人達は

腹の立つ存在だったし」


卒業後、ナレーターやMCとして活動していた中村だが、25歳の頃にとある劇団の

公演を見て感動し、役者の道を志すようになった。


「役者一筋」「役者バカ」

他人からそう称されるほど演劇に打ち込んでいるかのように見える中村だが、

彼は自らのことを役者ではなく、表現者と呼ぶ。


「舞台だけで食っていこうとは思っていないですね。舞台が特別なことだとは

思っていないです。とにかく、自分が面白いと思うことをしていきたいんです」


と話す彼の原点は、高校時代にある。

高校時代、中村は仲間達とつるんでは、奇妙な遊びに夢中になっていた。

ルールは至って簡単だ。数人でジャンケンをし、負けた者が指令に従って

罰ゲームをするというだけのもの。


だが、その罰ゲームの内容が様々なのだ。

例えば、コンビニの前で座っているヤンキーに向かって、「すいません。

自分、携帯落としちゃったんですけど、鳴らしてもらっていいですか?」

と頼んだり、人混みの中で当時放映されていたCMの真似をしたり、

他にもここには書けないような数多くのことをやってきた

(ただし、犯罪はしていないとのことでご安心を)。


あるとき、池袋で人々に「サンタって本当にいるんですか?」と

真面目な顔をして尋ねて、反応を面白がるというゲームを楽しんでいたときのこと。

いけふくろうの前で、民族衣装のような服を着ていた一人の女性に声をかけたところ、

彼女は真顔で「私がサンタです」と答えた。


「何、この人?まずい奴に声かけた!」

中村達が危険を感じて逃げようとすると、女性は不意にチラシを取り出して

中村達に手渡した。


「その人、キャラメルボックスの人だったんですよ

(※上川隆也が所属する人気劇団)」


その数年後、自身が役者活動を始めることになったのは、果たして偶然だろうか。

必然だろうか。



また、中村達は罰ゲーム以外にも、「とにかく面白いこと」を24時間体制で

行っていた。
例えば、公園で仲間達と普通に会話をしている最中、急に

即興コントが始まる。
一人がトランペットが欲しい少年役になると、

他の一人はルイ・アームストロングになりきる。そして奇妙な掛け合いが

延々と展開してゆくのだ。


また、喫茶店で話している最中、不意に一人が口にする。

「ところで、この死体どうする?」

その瞬間に空気が一変し、見えない死体が置かれている空間がたちまち

できあがるのだ(予断だが、その頃につるんでいたメンバーの一人は、

現在即興演劇の講師として活躍している。中村が過去に所属していた劇団で、

即興演劇の講師を招いたところ、その友人がやって来たことがあった)。



「すごい乱暴な言い方をすると、役者っていらない職業じゃないですか。

お医者さんとか、工事現場の人とか、野菜を作る人達に比べると、

なくてもいい職業じゃないですか。そういう道で食ってこうなんて図々しいことを

考える以上、誰かに何とかして欲しいとか、受身だと意味が無いじゃないですか」


と語る中村は、25歳という遅い時期に役者活動を始めた意識から、

「無駄な回り道をしている時間は無い。最短距離を常に通りたい」という

意識が強く根付いている。


「あるとき稽古をしていて、劇団員の女の子が全然台本を覚えてこないことがあって、

口論になったんです。
そうしたら他の女の子が、あなたが言ってることは

正論なんだけど、言葉を選んで欲しいって言われて、意味が分からなかったんですよ。

言葉を選べってことは、相手を見下せってことで、相手を同列に見ていないって

ことじゃんって言ったんですよ。


そうしたら、人は傷つくんだよって言い返されて、じゃあ傷つかないように

生きればいいじゃんって俺は言ったんです・・・当時はそれが最短距離かと

思っていたんですけど、最近になって考え方が変わりましたね」


と中村は語る。

「劇団員の男の子が、何気なく言ったんですよ。陰の話し合いからは

何も生まれないって。全員がポジティブに考える環境のほうが、

絶対に良いものができるんです。化学反応が生まれるんですよ。

結果的には、そういう環境を作った方が自分にとっての最短距離でもあるし、

それで考えを改めて、言い方を変えるようになったんです」

これだけは書いてもらえますか?と前置きをして、中村は話し始めた。

「これは芝居だけじゃなくて世界平和にもつながると勝手に思ってるんですけど、

対話って絶対必要なんですよ。話せば分かるっていう名文句がありますけど、

本当にそうだと思うんです。


前に劇団の仲間と、どこの劇場に出たいかっていう話をしていて、

俺ともう一人は絶対本多劇場、他の二人はいやいや紀伊国屋ホールだって

話をしてたんですね。
それなんですよ。理解や納得ができなくても、

対話をすることで、お互いの行きたい道を分かることができるし、

相手の気持ちのいい空気はこうだなとか分かるし。


分かる人だけに分かればいいとか、自分を理解してくれる人だけに伝わればいいとか、

そういうのは絶対違うと思うし、クリエイティブなものは生まれないし。

まず対話ですよ。そうすれば戦争も生まれないと思うんですよ」



ガーリーな趣味が多く、休日は女の子とカフェやスイーツショップに行くことが

多いという中村。


60歳になっても本気で高校生と女を取り合ってるようなじじいになりたいですね」

と言いながらも、祖父母がリラックスして観劇できるような設備のある劇場が

増えることが夢だと中村は言う。

最後に彼はこう付け加えた。

「お話をした中で、矛盾って絶対あると思うんです。言ってること

違うじゃねえかって。けど俺、そういう矛盾って好きなんですよ。

今の自分は考え方が変わったんだよってことだと思うし。そういう矛盾を

楽しんでいける人が、今の劇団には多いと思うんですよね」



僕は礼を言ってレコーダーを止めた。

外を見ると、雨はあがっていた。中村はこれから、花火を観に行くのだと言った。



written by カズユキロック


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